美濃金山城 森蘭丸生誕の山城アクセスから見どころまで実録解説

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お城巡り

美濃金山城跡・山城に登る

美濃金山城(みのかねやまじょう)は、織田信長の

寵愛を受けた小姓「森蘭丸」生誕の城です。

森蘭丸といえば、本能寺の変で信長と共に殉死する

という悲運の一生を送った容姿端麗な武将として知られていますね。

そんな美濃金山城の見どころから、アクセス、駐車場などの情報

をお城ファンのあなたに届けます。事前チェックに活用してください。

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アクセス


〒505‐0130 岐阜県可児市兼山  

駐車場は出丸の一角にあります。トイレもこの駐車場に完備されています。

美濃金山城の歴史と成り立ち

現在の美濃金山城は、元は烏峰城(うほうじょう)でした。当時は、斎藤道三が下克上を果たした時期であり、美濃の周辺は多くの戦いが勃発していた。兼山の街に斎藤大納言(妙春)が強固な城をこの古城山に築城したと伝えられています。
その後、城主となった森可成が烏峰城(うほうじょう)を金山城(かねやまじょう)と呼び名を変更しました。その後江戸時代の末期に森氏から石川氏に城主がかわり、取り壊しとなるまで兼山の中心として栄えたと言われています。

<年代ごとの移り変わり

1537年(天文6)斎藤大納言が烏峰城(うほうじょう)を築城する。
1565年(永禄8)森可成が入城し金山城と城名を変える。
1570年(元亀元)宇佐山城の戦いで可成(よしなり)が討ち死にし、長可(ながよし)が城主となる。
1582(天生10)長可の弟、蘭丸が城主となるも、同年6月の本能寺の変で蘭丸が死去、再び長可が城主の坐につく。
1584年(天生12)小牧・長久手の戦いにて、長可が死去し弟の忠政が城主となる。
1600(慶長5)忠政が長野へ移り、かわって石川光吉(犬山城の城主)が城主となる。
1601(慶長6)金山城、とり壊しとなる。

城下町「兼山」

現在の金山城の城下町は、金山ではなく兼山という地名になっています。約350年ほど前に、近隣に金山という同名の場所があったので、兼山に改名しました。
町の北側には、木曽川が沿うように流れています。また、南側には中山道が通っていましたので、多くの人々が行き交う要所の町として栄えました。木曽川には、古くから湊があり、伐採した木材を運搬したり、海からくる船で魚や塩などの物資が運ばれていました。たくさんの船が行き来し、通りには商店が軒を連ねる湊町としても、繁栄しました。
現在においても、その町並みは城下町として賑わった商人町の風情が受け継がれています。

本丸を目指して出発

出丸跡

本丸への登り口のに進む前に、駐車場の南側にある出丸の紹介です。
南側は、当時高さ約3.4mにもなる石塁が築きあげられていた。石を加工せず、そのまま組み合わせる野面(のづら)という手法で造られていました。
この石垣は、江戸時代末期の創建当時のままの遺構とされ、築城の特徴を現す貴重な遺跡と言われています。

登り口

登り口です。パンフレットもここと、本丸で手に入れることができます。

ここから、約13分で本丸跡(頂上)に到着します。

三の丸跡

登り始めて、初めに見られるのが三の丸虎口と三の丸跡です。

門の礎石がはっきり見られます。

破城跡

破城の痕跡についての説明がありました。

破城とは、城を壊し二度と築けないようにすることです。

城は権力の証であるため、当時の為政者は、

他者が権力を持つことを恐れた様子が伝わってきます。

二の丸跡

続いて、二の丸跡が見られます。二の丸周辺は

土塁囲いとなっていたようで、侍屋敷、物見櫓

などの施設もあったようです。

桝形・隅石

桝形と、隅石がありこの城の堅ろうさが伺えます。

本丸

頂上に到着しました。いよいよ本丸です。

本丸からの、眺めもきれいです。兼山の町並みと

木曽川がの流れがくっきりと見られます。

石垣・貯水池

本丸の周辺には、高い石垣や取水池が見られます。

城内の井戸や取水池を見つけると、

城の中に生きた人々の息づかいを感じますね。

登山口から上る

出丸まで車で行かれる方が多いようですが、町中の無料駐車場に停め、

歩いて登るのもお勧めです。登山口がこちらになります。

可児市戦国山城ミュージアム

金山城跡から車で5分~十分のところに、

「可児市戦国山城ミュージアム」があります。

城跡巡りとあわせて、こちらもお勧めです。

こちらで、御城印もいただけます。

(御城印購入のみは、入場料はいりません)

金山城にかかわる貴重な展示や兼山の町の成り立ちの資料が見られました。

まとめ

美濃金山城は、いかがでしたでしょうか。

金山城跡の見どころをまとめめてみます。

・森蘭丸の生誕の地(城跡)である。

・国史跡指定,続日本の百名城に選出されている。

・破城という城が壊された跡が見られる。

・門跡や建物跡の礎石がくっきり見られる。

・本丸(頂上)からの景色が美しい。

・車でも、徒歩でも行きやすい。

などが挙げられます。ちなみに、本丸まで登られる際は

トレッキングシューズをおすすめします。

さらに・・・

岐阜県可児市のおススメ山城はこちらです、あわせてご覧ください。

明智光秀ゆかりの城 明智城跡見どころアクセス

清州城 織田信長天下統一出発点 天守閣からの眺め周辺情報 徹底解説

ここまで、お読みいただきありがとうございました。

それでは、結びは恒例にしているスナフキンの言葉で締めさせていただきます。

スナフキンの名言集より  By トーベ・ヤンソン

森のてっぺんに、梢を越えて、

まん丸い月が昇ってきました。

立ち止まって、ながめながら、スナフキンは、

途方に暮れていました。

はっと、心がひかれました。

(そうだ、願をかけよう。おりしも、新月じゃないか)

ムーミン谷の仲間たちより

それでは、また。

スナフキン的生活に憧れる「スナフキンずライフ」でした。

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