丸根砦・桶狭間合戦時の重要拠点となった砦

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お城巡り

自由な生活と自然を愛する「スナフキン」と申します。
今回ご紹介するのは、大河ドラマ「麒麟が来る」でも登場した「丸根砦跡」です。
アクセスから、見どころまで実録紹介します。どうぞ、ご覧ください。
お城ファンの方合わせてご覧ください

目次

丸根砦跡実録紹介

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アクセス

公共交通機関利用  JR東海道本線 大高駅より徒歩 約15分

車利用  大高駅周辺おすすめのコインパーキング

「三井のリパーク 大高駅前第3」

「丸根砦跡」道路標示

県道50号線沿いに「丸根砦跡」の道路案内表示があります。

この表示からおよそ100Mの上り坂が始まります。

砦跡の石碑まで、少し階段を上ります。

丸根砦跡石碑

 

丸根砦戦殉難戦烈士之碑

丸根砦跡 案内

丸根砦跡

大高城が今川義元の手に落ちたあと、織田信長によって大高城を包囲するように築かれた砦の一つで、永禄2年(1559年)。大高城の東側約800m,鳴海から延びる丘陵の先端に築かれた。

当時の今川方の基地である豊明の沓掛城から大高城への支援路を見下ろす位置にあり、現況は東西36m、南北28mの砦の周囲に幅3.6mの外堀をめぐらしている。

桶狭間の戦いのときには、佐久間盛重を将とした織田方が立てこもったが、大高城の兵糧入れを命ぜられた松平元康(徳川家康)が鉄砲を用いて攻撃し、激戦の後守備側は全滅したといわれる。

大高城跡とともに昭和13年国の指定史跡とされている。
現在砦跡には、「丸根砦跡」の碑石が立つ。
(名古屋市教育委員会)

信長攻略

丸根砦は、信長が鷲津砦とともに大高城を監視するために作られました。

佐久間盛重は、桶狭間の戦いで今川軍の攻撃をうけ全滅したと伝えられています。

お城好きの方はこちらもどうぞ

まとめ

丸根砦跡はいかがでしたでしょうか。

有名な桶狭間の合戦で、重要な拠点として丸根砦は取り上げられます。

丸根砦跡を訪れた際には、鷲津砦跡大高城跡もあわせてご覧いただくの良いと思われます。

鷲津砦跡・桶狭間合戦の重要拠点となった砦

大高城・桶狭間の戦いにおける徳川家康の功績・大高城兵糧入れの逸話

ここまで、お読みいただきありがとうございました

スナフキンの名言集より    By トーベ・ヤンソン

「落ち着くんだ」スナフキンが抑えた声でいいました。

「暗がりを、そんな勢いで動いたら、バシッて打たれて、ぼくたち、死にまっしぐらだぞ」

「ムーミントロールと彗星」より

まるで、合戦の様子をスナフキンが言っているみたいですね、不思議です・・・

では、また。

自由と自然を愛する「スナフキン」でした。

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